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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7383号 中間判決

原告

アメリカ合衆国

右代表者副法務長官

フランク・ダブリュー・ハンガー

右訴訟代理人弁護士

小林秀之

前田陽司

右訴訟復代理人弁護士

志知俊秀

若林弘樹

曾我貴志

永井和明

近藤純一

日下部真治

被告

ピー・エイ・イー・インターナショナル

右日本における代表者

ジョン・エス・ディーフェンバック

右訴訟代理人弁護士

春木英成

澤井憲子

副島史子

右訴訟復代理人弁護士

廣瀬真利子

主文

原告の本件訴えに関する被告の本案前の主張は理由がない。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三五一万一八七七米ドル及びこれに対する平成二年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の本案前の申立て

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、建物や設備の維持管理等を目的とするアメリカ合衆国カリフォルニア州法人であり、東京都港区に日本における営業所を有している。

2  原告は、昭和四五年ころから昭和五〇年九月三〇日まで及び昭和六一年一〇月一日から平成二年四月ころまで、被告に対し、在日アメリカ合衆国大使館(以下「大使館」という)の燃料用オイルの補充、燃料タンクの保守点検整備等の業務(以下「本件業務」という)を委託した。

3  甲野一郎は、昭和三五年ころから平成二年四月ころまで、被告が本件業務を受託していた期間中は被告従業員として、本件業務に従事した。なお、本件業務は、五年ないし一〇年ごとに入札を行って受託業者を決めていたが、甲野一郎は、受託業者が代わるたびにその業者の従業員として、一貫して本件業務に携わってきた。

4  甲野一郎は、本件業務に携わっていることを利用して、昭和四九年八月ころから平成二年四月一二日までの間、大使館本館及び別館において、一〇〇〇回以上にわたり、燃料タンクから燃料用オイルを抜き取り、窃取した。

5  これにより、原告は、合計六六四万二五四六米ドルの損害を被った。このうち、被告に対して本件業務を委託し、甲野一郎を被告が雇用していた期間中の損害は三五一万一八七七米ドルである。

6  よって、原告は、被告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償として、三五一万一八七七米ドル及びこれに対する最後の窃取行為後の平成二年四月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  専属的管轄の合意

(一) 本件業務の委託に当たり、原告と被告は、国務省在外建物整備に関する一般約款を締結した。その約款中には、合衆国政府契約のための規則である連邦調達規則(Federal Acqui-sitions Regulation.以下「FAR」という)が契約の一部として引用され、FARの中には、紛争条項として「本契約は一九七八年契約紛争法(Contract Disputes Act of 1978.以下「CDA」という)に従う。法に定める場合を除き、本契約の下で又は本契約に関連して生じたすべての紛争は、本条項により解決されなければならない」との定めがある(以下「本件紛争条項」という)。そして、CDAは、紛争解決手続として、合衆国政府を一方当事者とする契約に関し、合衆国政府が他方当事者に対して行う請求は、すべて契約担当官(Contracting Officer)が損害の存否及び額について決定し、他方当事者がその決定に不服のあるときは、所定期間内に契約紛争審議会(Agency Board of Contract Appeals)に対し不服申立てをするか、合衆国請求裁判所(United States Claim Court)に訴訟を提起しなければならないと定めている。

(二) このように、本件紛争条項は「本契約の下で又は本契約に関連して生じたすべての紛争」はCDAの定める紛争手続によって解決されるべきことを定めており、この手続は準司法的ないし司法的手続であるから、本件紛争条項は民事訴訟法二五条の適用ないし類推適用がある専属的管轄の合意に該当する。したがって、本件紛争条項によりCDAの手続によるべき紛争については、東京地方裁判所は管轄権を有しない。

(三) 本件における原告の請求は、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求である。CDAは政府契約とまったく関連のない不法行為に基づく請求には適用されないが、不法行為と構成し得る請求であっても、アメリカ合衆国判例によれば、契約上の義務不履行に該当する場合及び義務履行に関連してされた不法行為に基づく請求は「不法行為的契約違反」としてCDAの適用があると解されている。そして、本件の燃料用オイルの窃取行為は、原被告間に存在する本件業務の委託契約の履行に関連してされたものであり、原被告間に契約がなければ、被告の従業員が大使館において燃料用オイルの搬入や受領に関与することはなく、窃取行為に参加することもなかったといえるから、本件の不法行為を、原被告間の契約と切り離して考えることはできない。したがって、本件請求は、CDAの手続に服すべき紛争であり、東京地方裁判所には管轄権が存在しない。

2  仲裁契約

本件紛争条項は、当事者間の合意によって契約紛争審議会という準司法的な行政機関に紛争につき判断をさせることを定めたものであるから、仲裁契約に類似する。したがって、仮に本件紛争条項が管轄の合意を定めたものとして効力が認められないとしても、仲裁契約の合意として民事訴訟法七八六条の類推適用によりその効力が認められるべきであり、本件訴えには訴えの利益がない。

3  条理に反する特段の事情

(一) 本件訴訟は日本国内で行われたとされる不法行為に基づく損害賠償請求であり、民事訴訟法一五条一項は不法行為地の裁判所に管轄権を認めている。しかし、本件の場合は、次のとおり日本の裁判所に管轄権を認めることに条理に反する特段の事情がある。

(二) 本件に関しては、同一紛争につき既にアメリカ合衆国においてCDAによる手続が進行中である。被告はアメリカ合衆国法人であり、同一の事実関係について日米両国において訴訟追行を強いられることは、被告にとって過重な負担である。また、両者の判断に矛盾が生じたり、二重執行となるおそれがある。

(三) 原告は、外国政府として、主権免除の法理により自国以外の裁判権を否定することができるから、被告から原告に対しては、日本において訴訟を提起することができず、CDAの手続によって賠償請求ができるにすぎない。したがって、原告が被告に対し、CDA手続のほかに、日本において訴訟の提起も行い得るとすれば、当事者間の公平を著しく害する。

(四) 甲野一郎は大使館の職員でもあったので、大使館員の証人尋問等の証拠調べが予想されるところ、大使館員には外交特権によって、証人尋問に応じる義務がない。したがって、証拠の収集の観点からも、日本における裁判は不都合であり、特に被告にとっては不利である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の主張

1  専属的管轄の合意について

(一) 米国法上、合衆国政府が物品を調達する際には、FAR中のいくつかの規定が強行的に適用されることになっており、本件紛争条項もその一つである。本件紛争条項は、FARというアメリカ合衆国の法令により強制されているものであり、合意によるものではない。

(二) 専属的管轄の合意とは、当事者間の紛争に関して日本の裁判管轄権を排除し、ある特定の裁判所(第一審裁判所)の管轄に服させる合意である。CDAの手続に服するとの定めが合意であると解釈されるとしても、その合意はこれに当たらない。

(三) 合衆国政府契約に関する紛争についてCDAによる手続が存在するのは、一定の専門機関にその専門たる契約に基づく紛争解決をゆだね、契約に関する紛争を円滑に解決することを目的としており、そのため、一番契約に通じていると思われる契約担当官、一定の契約問題に関し類型的に専門知識を有する契約紛争審議会又は連邦請求裁判所が判断機関とされている。したがって、CDAは契約に関する紛争のみを対象とし、不法行為に基づく請求はその対象外である。

被告は「不法行為的契約違反」に該当する場合はCDA手続の対象となると主張するが、本件は不法行為的契約違反には当たらない。不法行為的契約違反とは、契約上明示された約束の違反が不法行為に基づく請求の請求原因事実をなしている場合に生じるものであって、他人の物を盗んではいけないとか横領してはいけないというような一般的な市民法上の義務に違反した場合は、たとえ当事者間に契約関係が存在したとしても、不法行為的契約違反には該当しない。本件においては、被告の従業員が原告の所有物を窃取し、原告はこの従業員の不法行為に基づき被告の使用者責任を追及しており、その請求の基礎になっている他人の物を盗んではいけないという義務は、原告と被告との契約から生じるものではなく、一般市民法上の義務である。したがって、原被告間の契約関係は本件請求の請求原因事実ではなく、本件請求は不法行為的契約違反には該当しない。

(四) 仮に本件紛争条項が専属的管轄の合意と見なされるとすれば、次のとおり、この合意は甚だしく不合理で公序法に違反するものであるから、無効である。

すなわち、本件の不法行為は日本国内で行われており、証拠はほとんど日本国内にあるから、その審理をアメリカ合衆国において行うとすると、書証等の収集に困難や遅滞が生じ、証人の取調べも事実上不可能となり、紛争解決の著しい遅延を招くほか、真実発見も困難にする。他方、被告は一九六五年七月以来、日本国内に日本支社を置いて営業活動を行い、現在二三〇人余りの従業員を雇用して多大な利益を上げており、日本の裁判所の管轄権を認めたとしても、被告に何ら不利益はない。

2  仲裁契約について

(一) 仲裁契約には当事者間の合意の存在が必要であるが、前述のとおり、本件紛争条項は、当事者間の合意によるものではなく、アメリカ合衆国の法令上の規定に基づき定められたものである。したがって、仲裁契約に関する民事訴訟法の規定を類推適用すべきではない。

(二) 仲裁手続とは、両当事者が紛争の解決のために裁判官ではない第三者に審判させることを合意し、仲裁人がこれに基づいてする審判手続である。CDAによる手続は、最初の決定は契約担当官が行うが、最終的には裁判所の判断に服するものであり、仲裁手続とは性質の異なるものであって、その手続の存在は妨訴の抗弁とはならない。

3  条理に反する特段の事情について

(一) 日本の裁判所に管轄権を認めることにつき条理に反する特段の事情があるという場合の特段の事情とは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速に反する事情をいう。前記1(四)のとおり、本件の場合、日本の裁判所に管轄権を認めても当事者間の公平の点で支障はなく、むしろ管轄権を認めることが裁判の適正・迅速にかなう。

(二) 本件訴訟は不法行為に基づく請求であり、CDA手続による請求とは訴訟物が異なるのであるから、二つの手続が並行的に進行することは不合理ではないし、被告に過重な負担を強いるものでもない。訴訟物が異なる以上、日本の裁判所とCDA手続の判断の矛盾は、そもそも生じない。二重執行のおそれについては、日米両国の執行法上の問題であり、現実的には、双方が認容されたとしても二重に執行が行われることはあり得ない。

(三) 本件に関しては、アメリカ合衆国が原告として訴えを提起し、主権免除の利益を放棄しているので、被告も原告に対し、契約関係に基づかない請求について反訴を提起することができ、当事者間の公平を欠くことはない。

(四) 本件においては、刑事裁判が先行しており、この記録等が利用できるのであるから、大使館職員の証言の必要性は小さい。また、請求原因事実については原告が立証責任を負っており、本件請求にはできるだけ協力するものであるから、実際上の不都合は生じない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  本件におけるわが国の裁判管轄権の根拠

本件訴えは、アメリカ合衆国がアメリカ合衆国法人である被告に対して損害賠償を請求するものである。このような外国法人に対する民事訴訟事件についてわが国の裁判所が管轄権を有するかどうかについては、わが国には明文の規定がない。したがって、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を実現するという見地から条理に従って決定するのが相当であるが、当該事件についてわが国の民事訴訟法の土地管轄に関する規定その他民事訴訟法に定める裁判籍のいずれかがわが国内にあると認められる場合には、特段の事情が認められない限り、わが国の裁判所に管轄権を認めることが条理にかなうというべきである。

本件訴えは、原告が、被告の従業員が在日アメリカ合衆国大使館本館及び別館において燃料用オイルを窃取したとして、使用者責任による損害賠償請求を求めている事案である。したがって、不法行為地は日本であり、証拠(甲一)によれば、大使館本館及び別館がいずれも東京都港区に所在することが認められるから、本件訴えについては、わが国の管轄権を否定すべき特段の事情がない限り、民事訴訟法一五条一項により不法行為地を管轄する東京地方裁判所に管轄権がある。

二  専属的管轄の合意について

1  本件紛争条項が原被告間の業務委託契約(国務省在外建物整備に関する一般約款)の一部として引用されるFARの条項の中に含まれていること、本件紛争条項が「本契約はCDAに従う。法に定める場合を除き、本契約の下で又は本契約に関連して生じたすべての紛争は、本条項により解決されなければならない」と規定していることは、当事者間に争いがない。

本件紛争条項は、一定の範囲の紛争をCDAの手続による解決にゆだねる当事者間の合意であるから、その適用範囲を定める準拠法は当事者の意思によって定まる(法例七条一項)と解されるところ、本件の場合、その準拠法をアメリカ合衆国において適用される法及びアメリカ合衆国の判例とすることにつき当事者間に合意があることは、弁論の全趣旨により明らかである。したがって、この準拠法に従って本件請求が本件紛争条項の対象となる請求であるかどうかを検討し、仮に本件紛争条項の対象となる請求であるとされた場合には、法廷地法であるわが国の民事訴訟法により本件紛争条項の訴訟法上の効果について判断しなければならない(なお、原告は、本件紛争条項は法令であるFARにより強行的に適用されることになっているから、当事者間の合意による条項ではないとの主張をするが、そのような条項を含んだ約款に従うことを承諾して契約が締結された以上、本件紛争条項が当事者間の合意の一部であることには変わりなく、この主張は採用できない)。

2(一)  証拠(甲九ないし一一、戊八、九の1ないし3)によれば、CDAの立法趣旨と制度の概要は次のとおりである。

CDAは、アメリカ合衆国政府を一方当事者とする契約に関する紛争の解決に当たり、公平で均衡のとれた司法的及び行政的救済のための包括的な制度を提供するものであり、この法律の規定により、訴訟に先立つ交渉により契約紛争の解決を促し、紛争当事者の交渉力を均等化し、異なった種類の紛争を処理するため適切な討論の場を提供して、契約者及び政府機関に公平な取扱いを保障することを目的として制定された法である。

そのため、行政機関により締結された一定の契約(存在している不動産を除く物資の調達、役務の提供、不動産の建設等及び動産の処分)に関する請求は、すべて契約担当官に対して提出されなければならないとされ、契約担当官の決定に対して不服のある契約者(政府以外の政府契約の当事者)は、所定の期間内に契約紛争審議会に対して不服申立てをするか、合衆国請求裁判所に対して訴訟を提起しなければならないとされている。

このようにCDAの手続において契約担当官、契約紛争審議会及び請求裁判所が判断機関とされているのは、契約担当官は契約の履行を監督する者で最も契約に通じているからであるし、契約紛争審議会は契約問題について専門知識を有するからである。また、請求裁判所は政府契約に関する請求について歴史的に最も専門的知識を有するからである。

(二)  本件紛争条項は「法に定める場合を除き、本契約の下で又は本契約に関連して生じたすべての紛争は、本条項により解決されなければならない」と定めているが、CDAの手続の対象とされる請求は(一)のとおり限定されているので、そもそもCDAの手続の対象とならない請求は、本件紛争条項の対象とはならないと解される。

そして、CDAの立法趣旨からすれば、CDAの手続で処理されるのは契約に関する請求であって、不法行為に基づく請求はCDAの手続の対象とはならないが、証拠(甲九、戊九の1)によれば、アメリカ合衆国の判例は、「不法行為的契約違反」(不法行為が契約上の義務違反に基づく場合)は契約に関する請求に該当すると解している。

(三)  ところで、本件請求は、原告が被告に対して使用者責任(民法七一五条一項)を追及するものであるが、この責任が認められるためには、(1)加害行為者と使用者との間に使用関係があること、(2)加害行為者が第三者に対して損害を与えたこと、(3)事業の執行につきされた加害行為であることが要件であるところ、(1)、(2)の要件につき被害者と使用者との間に契約関係が存在することが必要でないことはもちろんのこと、(3)の「事業の執行につき」との要件についても被害者と使用者との間に契約関係が存在することは必ずしも必要ではないし、契約上の義務違反の存在が要求されているわけでもない。

被告は、原被告間に契約がなければ本件の不法行為もあり得なかったとの理由で、本件が「不法行為的契約違反」に該当すると主張するが、これは原被告間の契約関係と不法行為との事実上の関連性を指摘するにすぎず、前述したCDAの立法趣旨からすれば、契約関係と不法行為とが単なる事実上の関連性を有するにすぎない場合は、CDAの手続の対象とならないと解するのが相当である。

そうすると、本件請求は「不法行為的契約違反」に当たらず、CDAの手続の対象となる契約に関する請求ではないので、本件紛争条項の対象となる請求に該当しない。

3  したがって、本件紛争条項がわが国の民事訴訟法上、専属的管轄の合意として効力を有するかどうかについて判断するまでもなく、被告の主張には理由がない。

三  仲裁契約について

前記二のとおり、本件請求は本件紛争条項の対象となるものではないから、本件紛争条項がわが国の民事訴訟法上、仲裁契約としての効力を有するかどうかについて判断するまでもなく、被告の主張には理由がない。

四  条理に反する特段の事情について

1  被告は、本件と同一の事実関係につきCDAの手続が進行していることを理由に、被告が過重な負担を強いられることや判断の矛盾、二重執行のおそれがあると主張する。アメリカ合衆国において本件と同一の事実関係につき、CDAの手続が進行中であることは当事者間に争いがない。

しかし、CDAの手続の対象となっているのは契約違反に基づく請求のみであり、本件請求は不法行為に基づくもので訴訟物が異なるのであるから、二つの手続が並行的に進行すること自体不合理なことではないし、弁論の全趣旨によれば、被告は一九六五年七月以降日本に支社を置き、多数の従業員を雇用して営業活動を継続している会社であることが認められ、後記のとおりわが国の裁判所で本件を審理した方が証拠収集が容易であることを考慮すれば、わが国の裁判所に管轄権を認めることにより、被告の裁判活動にそれほどの支障は生じないと考えられる。

さらに、判断の矛盾や二重執行のおそれについては、前述のとおり本件の請求とCDAの手続で審理される請求とは訴訟物を異にするので、わが国の裁判所に各請求に基づく訴訟が提起された場合でさえ、二重起訴に当たるとして一方を却下することはできず、同様の問題が生ずること、仮にわが国の裁判所の判断と矛盾抵触する外国判決がされた場合は、わが国の公序良俗に反するとしてその効力を否定することも可能であること(民事訴訟法二〇〇条三号)、原告が両方の訴訟又は手続において勝訴したとしても、二重の執行により過大な経済的利益を享受することは許されず、被告は請求異議の訴え等の方法をもって争い得ることなどの点を考慮すれば、判断の矛盾や二重執行のおそれを強調することは適当ではない。

2  被告は、原告が主権免除の特権を享受しているため、被告から原告に対してはわが国で訴訟を提起できず、不公平であると主張するが、主権免除の原則により外国政府に対する訴訟提起が許されないことは本件に特有の事情ではなく、被告が特に不利益な立場に置かれるわけでもない。

3  被告はわが国の裁判所において審理をすれば証拠収集が困難となると主張するが、証拠(甲一ないし六)によれば、本件請求にかかる事実関係はすべてわが国において発生し、証拠はほとんどわが国内にあること、本件では刑事事件が先行しておりその訴訟記録が利用できることが認められ、これらの事実によれば、わが国の裁判所で証拠調べを行った方がより迅速かつ適切な証拠収集が可能というべきである。本件の場合、はたして合衆国大使館員の証人尋問の必要性があるか、その必要性がある場合に外交特権から証人尋問ができない不都合が生じるかは明らかでなく、また、他の方法による立証も考えられるので、仮に実際上の不都合が生じたとしても、その不都合はわが国において審理を行う場合の有益性に比較すれば取るに足りないものと考えられる。

4 以上によれば、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を実現する見地からみて、本件において、条理上わが国の裁判所の管轄権を否定すべき特段の事情は存在しないというべきである。

五  結論

よって、被告の本案前の主張はいずれも理由がないから、主文のとおり中間判決する。

(裁判長裁判官片山良廣 裁判官小野憲一 裁判官小野寺真也)

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